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札幌高等裁判所 昭和25年(う)797号 判決

控訴人 札幌地方検察庁検事 佐藤哲雄

被告人 鄭永基

弁護人 久須美幸松

検察官 樋口直吉関与

主文

原判決中外国人登録令違反の点について免訴の言渡をした部分を破棄する。

本件を原裁判所に差し戻す。

理由

検察官佐藤哲雄の控訴趣意及びこれに対する弁護人久須美幸松の答弁は、いづれも別紙記載の通りであつて、これに対する当裁判所の判断は次の通りである。

本件公訴事実のうち外国人登録令違反の点は、「被告人は外国人登録令所定の外国人であるところ、昭和二十二年五月二日頃日本国内に居住していたに拘わらず、その後現在に至るまで居住地市区町村長に対し同令所定の登録の申請をしなかつたものである。」というのであつて、原判決はこれに対し、証拠によつて「被告人は外国人登録令施行の際現に本邦に在留した外国人であるが、同令施行の日である昭和二十二年三月二日から三十日以内に居住地の市区町村の長に対し、同令所定の登録の申請をなさずして右の期間を徒過した。」との事実を認め、右犯罪は前記期間の徒過によつて完了するものであるから、その翌日たる昭和二十二年六月一日からこれに対する公訴時効が進行を始め、昭和二十五年六月一日を以て完成したものとして、昭和二十五年九月二十九日の起訴にがゝる本件につき免訴の言渡をしたのである。

外国人登録令は昭和二十二年四月二日の「外国人の日本入国と登録に関する連合国最高司令官覚書」に基いて制定せられたものであつて、右覚書によれば、政府は、占領軍部隊に属さない外国人の合法的な入国居住手続の一部として、これ等外国人の登録、身分証明書その他日本国内居住を合法化するに必要な書類の交付に関する処置を実施するための手段を講ずることを要求されている。従つて右要求に基いて制定せられた外国人登録令は、外国人の入国に関する措置を適切に実施し且外国人に対する諸般の取扱の適正を期することを目的とするものであること、同令第一条に宣言するところであつて、この目的のために外国人の在日人員の調査登録をなす必要があり、そのために本令は在日外国人に対し一定の登録申請の義務を課したものである。

この見地から見ると本令に定める登録申請義務は本人が登録の申請をなすまでは消滅することはないのであつて、法令施行当時在住の外国人に対して、昭和二十二年五月二日以降三十日以内に登録の申請をなすべきことを規定した昭和二十二年勅令第二百七号附則第二項は、この法令の周知徹底をはかり登録事務の円滑を期する上から登録申請の猶予期間を与へたにすぎないものと解せられ、決してそれ以後登録申請義務が消滅し、罰則の適用を受けなくなることを意味するものではない。従つてこの点について原判決の論旨には賛成できない。

ところで本件公訴事実は前述の通り現在(つまり公訴提起の当時)まで被告人が登録申請をしなかつたというのであつて、単に右猶予期間内に登録申請をしなかつた事実のみを訴因としているのではないのに拘わらず原判決は前記のような理由の下に、猶予期間の徒過と同時に公訴時効が進行を始めるとして免訴の言渡をしたのは、法令を誤解した結果審理を盡さずして判決の理由にくいちがいを来した違法があるといわなければならない。

よつて検察官の本件起訴は理由があり、原判決中本件公訴事実に対し免訴の言渡をした部分は刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十八条第四号によりこれを破棄すべく、同法第四百条本文により本件を原裁判所に差戻すことゝした。

(裁判長判事 竹村義徹 判事 猪股薫 判事 河野力)

検察官佐藤哲雄の控訴趣意

一、原審判決は公訴事実を認めそれが一部改正前の外国人登録令(昭和二十二年勅令第二百七号)附則第二項第三項同令第十二条第二号第四条(昭和二十四年政令第三百八十一号外国人登録令の一部を改正する政令附則第七項)に該当することを認めながら、本件登録不申請罪に対する公訴時効は昭和二十五年六月一日を以て完成したものとし、昭和二十五年九月二十九日に提起された本件公訴は時効完成後の起訴であるとして免訴の言渡をしたものである。そしてその論拠として登録不申請罪は登録申請をなさずして法定の期間を徒過するということが、犯罪の構成要件であつて、その内容に何等時間的継続の要素を含んでいないから、登録申請をなすことなく、期間を徒過すると同時に構成要件は充足され犯罪は既遂となつて終了するものであり、三年の公訴事効は右登録申請期間の末日である昭和二十二年五月三十一日の翌日から進行を始めるものであるとしている。しかしながら之は次の如き理由で法令の適用を誤つたものと考える。

二、そもそも外国人登録の制度は昭和二十一年(一九四六年)四月二日連合国最高司令官より発せられた「日本における非日本人の日本入国及び登録に関する覚書」に基き外国人に対する諸般の取扱の適正を期することを目的として創設されたものであつて、本制度の目的から考えても外国人が日本に在住する限り登録申請の義務は存続するものと云はなければならない。従つて一部改正前の外国人登録令(昭和二十二年勅令第二百七号以下旧令と称する)附則第二項が三十日の申請期間を定めているのは、その期間内に申請手続を履行すれば、犯罪を構成しないと云う免責的な期間であつて、その期間経過後においても申請が行はれるまでは義務違反が継続しているものと解すべく、登録不申請罪はその義務違反が継続する間犯罪状態も亦継続する所謂継続犯であつて、申請が行はれたときに始めて犯罪状態が終了し公訴時効もその時から進行するものと解すべきである。

三、このことは外国人登録令の一部を改正する政令(昭和二十四年政令第三百八十一号以下改正政令と称する)附則第七項前段が旧令附則第三項において準用する改正前の第十二条第二号に掲げる罪(即ち本件登録不申請罪)を犯した者の処罰についてはなお従前の例による旨を規定していることからも明かである。即ち改正政令附則第七項前段は前記の如く申請義務が(従つて申請義務違反も亦)継続することを当然のこととして前提しその申請義務違反の状態が改正政令施行後に及んでも旧令第十二条第二号(改正政令第十三条第一号)を適用して処断することを規定したものと解して始めて意味がある。原審判決所論の如く申請期間の徒過により犯罪が終了するものと解するならば、登録不申請罪に関する旧令第十二条第二号と改正政令第十三条第一号とは、その法定刑が前者の方が軽いから刑法第六条により当然に旧令の罰則が適用されることになるのであつて、特に改正政令附則第七項前段の如き規定をおく必要は全くないのである。

四、更にこのことは改正政令附則第二項が旧令によつて登録申請をしたものについてのみ所謂切替申請義務を定めその違反に対しては罰則まで設けていることからもうかがい知ることができる。即ちこの改正政令附則第二項は旧令によつて登録申請をしていないものについては当然旧令附則第二項(改正後もそのまま存続している)の登録申請義務があるのであつて、改正政令施行後においてもその義務従つて義務違反の状態は継続し、それは旧令附則第三項、第十二条第二号により処罰されるものであることを当然のこととして、旧令による登録申請を了したものについてのみ新な義務を定め更に罰則をも設けたものである。もし原審判決所論の如き見解に立つならば法定期間内に登録申請をなしたものは改正政令により新な義務を課せられそれに違背すれば処罰されるのに反し、多年に亘り登録申請義務を懈怠しているものが何等処罰されないと云う結果を生ずるのであつて、その見解の不合理なことは明瞭である。

五、思うに外国人登録制度は外国人に対する諸般の取扱の適正を期するために必要欠くべからざるものであり従つて、日本に在住する外国人に対しては登録の申請を何時でも強制し得るものでなければならない。このやうに解して始めて本登録制度を維持して行くことができる。従つて登録申請義務の違反に対しては常に罰則を以て臨むべきであつて原審判決所論の如く極めて短い申請期間内の義務違反についてのみ罰則を適用し、その後の義務違反を全く罰則の適用外におくと云う如きことは単に前記三、四の如き文理解釈からのみならず、本登録制度全体の目的、趣旨から考えても到底肯認し得ないところである。

六、然るに原審判決は前記の如き当然の理に反し登録不申請罪は申請期間の徒過により直ちに犯罪は終了し、その時から公訴時効が進行を始めるものと解し、その前提の下に刑事訴訟法第二百五十三条第一項第三百三十七条第四号を適用して免訴の言渡をしたものであつて、之は明かに法令の適用を誤つたものである。而してその誤りが判決に影響を及ぼすことも亦明かであるから、原審判決は破棄を免がれないものと考える。

弁護人久須美幸松の答弁

第一控訴趣意の根本的理由は趣意書二に「………その期間内に(註、三十日の申請期間)申請手続をすれば犯罪を構成しないと云う免責期間であり、その期間経過後においても申請が行われるまでは義務違反が継続しているものと解すべく、登録不申請罪はその義務違反が継続する間犯罪状態も亦継続する所謂継続犯であつて、申請が行われたときに始めて犯罪状態が終了し公訴時効もその時から進行するものと解すべきである」と云うに存する。

思うに旧令に依る三十日の期間は所謂免責期間であり、期間後も本人が日本国内に居住する限り永久に登録申請の義務の存続するものであることは所論の通りであるが、義務の存する所時効の進行を妨ぐるとは言い難い。(一)法文に三十日の期間内に登録申請を為さざる者を罰すると云うのは、文字通りに解釈して不申請者を三十日経過後に罰する意味であり、之を罰するのは不申請と云う不作為が三十日の経過に因り犯罪の完成となつたからであり、三十日の経過に因り不申請と云う犯罪の完成が無いならば之を罰すると云うことの想像すら不可能のことです。既に犯罪の完成があつた以上時効の進行することは当然であり、原判決が「登録申請を徒過すると同時に構成要件は充足され犯罪は既遂となつて終了するものであり、三年の公訴時効は右登録申請の末日である昭和廿二年五月卅一日の翌日から進行するを始めるもの」と判断したのは理の当然です。控訴趣意は「期間経過後においても申請が行はれるまでは義務違反が継続しているものと解すべく……所謂継続犯であつて申請が行はれたとき始めて犯罪状態が終了し公訴時効もその時から進行するものと解すべきである」と主張するが之れは期間経過後登録申請が行はれた時に犯罪の既遂となり、申請せざれば何時迄も犯罪が成立せざることとなり、旧令第十二条第二号第四条第一項に違反して登録の申請をなさざる者」とある明文の視定を無視したものであり、一顧をだに価しない謬見である。(二)申請期間後も登録申請義務の存続することと時効の進行とは無関係のものである、期間後も申請義務があるが犯罪が既遂であるから之を罰するのであり、唯三年の公訴時効期間後は行刑経済上之を罰せざるものであり、申請期間後申請の義務が無いと云うのではない。旧令三十日の期間経過は処罰条件の期間であり、期間後尚ほ申請義務の存続することと矛盾するものではない、刑法遺棄罪(刑第二一八条)に於て老者等要護者に対し一回でも義務を怠れば遺棄罪の既遂となり処罰を免れ得ないし、又犯罪に対して時効の進行を見るのであるが、しかし尚ほ且つ犯罪既遂後に於て要護者の老年幼年等の状態が存続する限り保護の義務が存在するのと同一である。(小野博士刑法講義八九頁)

第二控訴人は趣意書三に於て改正政令附則第七項と旧令第十二条第二号との関係に付いて云為するが、要するに処罰と申請義務の存続とを混同する論であり、趣意書四に於て改正政令附則第二項切替申請義務違反の罰則と旧令附則第三項、第十二条第二号との関係を云為するが之は時効に因る免訴を以つて申請義務を認めないものと誤解してゐるものであり、趣意書五に於て「登録申請義務の違反に対しては常に罰則を以て臨むべきであつて云々」と言ふが如き、刑法規定の時効の制度を否認するものであり、暴論と云うべきである。

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